第9回研究集会「自然とヒト」
2022年10月15日、葉山町福祉文化会館
本日はお忙しいところ、教育自然学研究会の研究集会にご参加いただき誠に有難うございます。本研究会は、昨年設立10周年の節目を迎えましたので、今日はご挨拶に代えて発足の経緯や目的及び現状を簡単にご紹介させていただきます。
これまで研究会を運営するにあたり中心的な役割を担ってきた、宇野喜三郎さん、竹腰正保さん、手塚修平さんの3人が揃って大学においでになったのは、2012年の秋頃だったように記憶しています。「教育自然学研究会」なるものを設立する計画をしている。近くその旗揚げを記念した集会を開催するので、協力してほしいという内容のお話でした。
その時いただいた資料に、設立の趣旨が次のようにまとめてありました。(ちょっと読まさせていただきます)
人類は地球上にしか生きられない。「生命の星 地球」と称されるゆえんである。(私たちは)地球の大自然に守られ、(またそれを)守るため、成長の発達段階毎に自然について体系的・継続的に学習し、自然へ感謝・畏敬・畏怖の念をきちんと育てる必要がある。そのために教師や看護師の養成課程に「自然」科目が設定されるよう本研究会で研究整備をする。また、「こどもに豊かな人生観を、患者に生きる喜びを」をモットーに教育と医療の関係者のコラボの機会ともしたい。
その後も宇野さんは、(自然から学ぶ、自然が先生という意味でしょうか)「師在自然」という言葉を引用して、「自然の恩恵・脅威をしっかり受け止め、自然に畏敬と感謝の念を強く持つ人材を育てたいと願って、2012年湘南国策村にて研究会を発足した」と書いておられます。
少し言い換えれば、本研究会の目的は、自然と人との大切な関わりをよく理解した人材を育てるために、「自然」に関して教えるべき重要な事柄とは何かを研究し、それらを自然科目の講義内容の形に整理、取りまとめること、となると思います。
このような目的を達成するために、研究会では3年ごとに大きなテーマを掲げて活動してきました。最初の第1ステージ(2012−2014)のテーマは、当然のことながら「自然の恩恵、脅威、感謝」としました。第2ステージ(2015−2017)では、「自然と人との共生」、特に「樹木と人の関わり」をテーマとし、第3ステージ(2018−2020)では、自然の「不思議さと感性」を掲げたところです。
第3ステージの最後の年となった2020年からは、研究会の全体活動は中止せざる得ない状況となりましたが、それでも各会員は各自でできる範囲内の活動を行ってきました。今日は、そうした活動の報告を中心に、改めて発足の理念を明示した形で研究集会を開催することとしました。
しかし、大変残念なご報告があります。それは、研究会の発起人として先ほどご紹介した、竹腰さん、手塚さん、そして宇野さんがこの3年間にあいついで亡くなられたことです。研究会にとっては大きな痛手であり、今後の見通しも立ってはいませんが、今日のこの研究集会は、3人の創設者に感謝の意を表し、追悼する機会にしたく存じます。
最後になりましたが、本日の研究集会開催には、葉山まちづくり協会のご理解と多大なご援助をいただいきました。厚くお礼を申し上げます。またこのあと、神奈川県教育委員会委員長の花田忠雄さまにご挨拶をいただくことになっております。大変お忙しい中、ご遠方よりご来席いただきましたことを、厚くお礼申し上げます。
それではご参加の皆様方には、この集会をお楽しみいただけれることを期待して、ご挨拶とさせていただきます。
追記
研究集会の司会を務めた関川昌子会員、オープニングのお囃子を披露した平野清会員、事例報告をした平田大二会員、瀬尾克美会員、矢嶋信幸会員にお礼申し上げます。研究会の今後のあり方については、この度の研究集会の結果及び世話人会並びに会員の現状を踏まえた議論を行い、近いうちに皆様宛にご報告したく存じます。
会長 高畑尚之
第2ステージの教育自然学研究会における活動について
平成28年10月 会長 高畑尚之
教育自然学研究会は、自然に対する理解を深め自然と人間の係わりを教育現場や医療の現場に活かすという趣旨で平成24年に設立されました。今年で5年目になります。 これまで設立の趣旨に従い、年度ごとに「自然の恩恵」、「自然の脅威」、「自然への感謝」、「自然と人との共生そして防災」と題する公開講演会、ならびに海と山のワークショップ、病院の見学会、学校林に関する合同研究会などを開催・実施してきました。しかし、自然と人間との係わりといっても幅は広く、また同時に深く追求することが必要な問題も多く、残念ながら本会の特色を踏まえた成果を社会に向けて発信するまでには至らなかったと反省しています。そこで、第1ステージと位置づけた3年間の活動の終了とともに、次の3年間の第2ステージでは、より焦点を絞った活動を行うことを基本方針としました。同時にもう一つ大切な視点として、会員の方々がお持ちの専門性や得意分野に配慮し、それを生かした活動を展開することとしました。
このような基本方針や視点を踏まえて、第2ステージの教育自然学研究会では樹木(草花)に焦点を絞り、樹木と人の係わりを中心とした活動を展開することといたしました。樹木と密接に関連した本会会員の専門分野(具体的な課題)には、進化学(樹木との共進化)、医学(都市の子供達における肥満、高血圧、消化器疾患の増加傾向、視力、聴力等の五感機能の低下傾向には、樹林喪失が一要因であることを検証)、植物学(子供達に対する樹林の恩恵)、教育自然学 (「都市林」=学校林、病院林、地域林、「木育」=木とふれあい、木に学び、木と生きることを学ぶ活動)などがあります。本会ではこのような分野における研究活動や調査活動を日常的に展開し、その成果を公開講演会で発表するとともに成果集として取りまとめる計画です。
以下では、このような全体計画の一部である進化学に関する研究活動をご紹介します。設定した課題は、「人はいかに自然と共生し進化してきたか—5億年にわたる樹木との関わり」としました。昨年はその1として、「陸上植物の誕生から霊長類の進化まで」にみられる顕著な共生関係をまとめてみました。その概要は下記の通りですのでご覧下されば幸いです。その2にあたる今年(研究集会は10月30日予定)は、「人類の誕生から農業革命まで」を調査研究する予定です。この時期の特徴は、ヒトが自然の一部であった存在から徐々に非自然的な側面を獲得していくことにあります。生活空間は熱帯雨林からサバンナのような開けた空間に移り、二足歩行をはじめ、社会性の発達とともに脳容量の増加が起こり、そしてついには言語・文化を獲得していく過程です。最後のその3は来年になりますが、「文明の誕生から現代まで」を考えることにしています。
(その1)「陸上植物の誕生から霊長類の進化まで」の概要
ヒト及びその祖先に限らず、共生は決して例外的なことではない。どの種も、どの個体もさまざまな他の種や個体と相互作用をする大きなシステムの一要素である。生命の歴史とはそうした相互作用の結果であり、相互作用による変遷の過程そのものである。ひとつの雄大な例は陸上生物である。生命は海で生まれたが、その大発展は陸を舞台に行われた。現在陸上生物は海の生物に比べて、種の数で10倍、バイオマスで100倍にもなる。この大繁栄はオルドビス紀(4.4億年〜4.9億年前)に最初に陸上に進出した植物(シャジクモの仲間とも地衣類ともいわれている)が、そこに「第2の海」を作り出し新しい共生の場を誕生させたことから始まった。その後陸上に進出した脊椎動物には四肢(手足)と指があるが、これらの発達には8000m級のカレドニア山脈の麓にあったデルタ地帯の倒木や落ち葉あるいは水草が重要な役割を担ったといわれる。さらに、中生代以降に繁栄した被子植物は、それまでの裸子植物とは異なって密集した樹冠を形成し、昆虫や霊長類が進化する環境を用意した。霊長類の強い握力をもつ手や指(対向するする親指)あるいは三色視や立体視ができる視覚の発達は樹上生活と関係が深い(ほ乳類の大半は、夜行性の祖先と同様に緑の色覚がない)。こうして概観しただけでも、今日の人類が有する多くの形態・形質的特徴がオルドビス紀以降の陸上植物との共生に強く依存していることがわかる。
最古の樹木・アーキオプテリス(デボン紀)
あいさつ(平成24年10月)
教育自然学研究会の設立にあたり会長として一言ご挨拶を申し上げます。
「私たちは、ある種の危険がはっきりとみえる時代に暮らしている。」こう警鐘を鳴らしたのは1973年のノーベル医学生理学賞受賞者であるコンラート・ローレンツでした。「文明化した人間の八つの大罪」のひとつが、自然は無尽蔵であるという迷信のために引き起こされた「生活空間の荒廃」、つまり自然の破壊だといいます。 事実、いま地球上では一万以上の種が絶滅の危機にあると試算されています。40億年に及ぶ生物の歴史を振り返ってみると、絶滅は決して例外的なことではありません。この6億年間には、6回もの大絶滅が起きたといわれています。しかし、過去の絶滅と現在進行中の絶滅とでは根本的に異なることがあります。それは過去の絶滅が不可抗力的な原因によるものであったのに対し、今回の絶滅は人間自身が直接的な原因となっていることです。 20世紀になって、人類は科学を原動力として様々な道具を生み出し、飛躍的な発展を遂げました。しかし、人類は自らが創造した道具によって有り余る力を発揮し、自らをそして母なる地球をきずつけるまでになっています。21世紀がこのような延長線上にはあり得ないことは、すでに多くの人が自覚しています。それにもかかわらず「生活空間の荒廃」はいまも続いていますし、このことと密接な関係にあるもうひとつの大罪、「感性の衰滅」は社会的な問題となっています。 このような深刻な状況にあって、人間と自然との係わりを改めて問い直す必要があります。このために設立されましたのが、この教育自然研究会でございます。
本研究会の大きな特色は、教育と医療という具体的な現場に立脚した活動を企画している点にあります。結果的に多様な方々が関わることになりますが、一人ひとりの分野や専門を超えた議論と活動を展開することが重要かと存じます。ひとりでも多くの方がこのような会の主旨に賛同され、参加下さることを願っています。最後になりましたが、本研究会の設立に至るまでには世話人の方々に多大なご尽力をいただきました。この場を借りて厚くお礼を申し上げます。